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ほぼ雑記、日記。思いついたこと、気になること、ニュース、小説、音楽、ゲームなどなどてけとーに書いていきます。

断捨離とかいうやつ

 

断捨離って言葉が最近急にぽっと現れて、流行っているではありませんか。

 

部屋が綺麗になることが困るわけではないんですが、まあその、我が家においても断捨離とかいうやつがピンポイントに流行っておりまして。ええ、うちの母上様なんですがね。

 

ただまあ、そんななかでこの断捨離、なんかこう腑に落ちないというか、主婦とか女性あたりに流行っているところとかを見ると男女で受け取り方とか違いそうだなーっと思いました。

 

僕なんかも男なので例に漏れず、とっとくのが好きなんですよ、本とかゲームとかCDとか。んでこいつらどうにかせいと、断捨離すっぞと急かされてるわけでもあるんですが...

 

ただそんなこと言われても捨てる気にはなれないんですよね。例えば本とか、自分の中で良かった驚いた為になったなどなど、心を動かされた物語を、はいじゃあ読んだんで捨てますね〜とか言われても、ちょっと待ってドユコト?って。今の自分を構築した、影響を与えた物を手元に置いておきたいというのは自然なことのようにも思うんですが、どうなんでしょうか(´・ω・` )

 

また僕自身、よく意識が外界というよりも内側、内的世界に向くタイプなので、一見約に立っていなくても、内的世界へ大きな影響を及ぼした物の存在価値が大きくなるというのはあると思います。言わば勲章。まあ整理してないのはいかんなとも思うので、そこの部分は改善していく必要がありますね...

 

ただ少しこの断捨離について言いたいとすれば、男女で、いや個人個人で物に対する価値観が違うということは考慮して欲しいなと。自分に適応するならいいですが、あまり他人に口出ししても良いことはない気がします。家族なんかは難しいですね。個人個人のエリア、物の境界線が曖昧になってしまいがちです。正直断捨離とか言って無理矢理に物を捨てさせるよりも、まずはそこのところをハッキリさせるべきなんじゃないかな〜と思います。

 

あとこれは僕自身の個人的な意見でもありますが、あまり仏教の執着を無くす考えは好きではないんですよね。執着が消えれば楽になれることは理解出来ますが、執着ってアイデンティティと紙一重なんじゃないかと。仏になりたいなら別ですがね。執着して苦しもうが泣こうが、喜怒哀楽と様々に心が揺れ動く姿こそ人間なんじゃないかなと、僕は思います。

 

ただまあ、ゴミ屋敷みたいになってたら別問題です。公共の福祉ってやつです。そこは弁えていきましょう。

 

あと言うなれば、親父、使わない冬用タイヤは流石に捨てよう...